虫垂炎
当院は循環器内科を専門としておりますが、地域の皆様の健康をサポートする一環として、身近な病気に関する情報提供も行っております。今回は、急な腹痛で発症することが多い「虫垂炎」について、その症状から治療、そして皆様からよくいただくご質問まで、分かりやすく解説します。
Ⅰ.虫垂炎とは
虫垂炎とは、一般的に「もうちょう」として知られていますが、正確には大腸の一部である盲腸(もうちょう)の先にある、細長い「虫垂(ちゅうすい)」という臓器に炎症が起こる病気です。虫垂は長さ5〜10cmほどの細い管状の臓器で、その役割は現代医学でも完全には解明されていませんが、免疫機能に関わっているという説もあります。
この虫垂に何らかの原因で炎症が生じ、放置すると重症化して腹膜炎などを引き起こす可能性があるため、早期の診断と適切な治療が非常に重要です。
Ⅱ.虫垂炎の初期症状
虫垂炎の症状は、時間とともに変化していくのが特徴です。典型的な初期症状は以下の通りです。
- みぞおちやおへそ周りの痛み・不快感: 最初は「胃が痛い」「お腹の調子が悪い」といった、はっきりしない痛みから始まることが多いです。
- 吐き気・嘔吐・食欲不振: 腹痛と前後して、むかつきや吐き気、食欲がなくなるなどの症状が現れます。
- 痛みの移動: 時間の経過(数時間〜24時間程度)とともに、痛みが徐々に右下腹部へと移動していきます。この「痛みの移動」は、虫垂炎を疑う非常に特徴的なサインです。
- 発熱: 炎症が強まるにつれて、37〜38度程度の熱が出ることがあります。
歩いたり、咳をしたり、体を動かすと痛みが響くようになるのも特徴の一つです。
III. 虫垂炎の予後
早期に適切な診断と治療を受ければ、虫垂炎の予後は一般的に良好です。
- 軽症(カタル性虫垂炎): 薬(抗生物質)による治療で炎症を抑えることができれば、手術をせずに回復することがあります。この場合、数日の入院で済むことが多いです。
- 手術: 炎症が進行している場合や、穿孔(穴が開くこと)のリスクがある場合は手術が必要です。腹腔鏡手術が主流となっており、患者様の負担も少なく、術後5日〜1週間程度で退院できるのが一般的です。
- 重症化した場合: 治療が遅れ、虫垂が破れて腹膜炎を起こすと、命に関わる危険性もあります。入院期間も長くなり、より大掛かりな治療が必要となります。
治療を受けずに放置した場合の死亡率は50%以上とも言われており、いかに早期発見・早期治療が大切かがわかります。
Ⅳ.虫垂炎になる原因
虫垂炎の正確な原因はまだ完全には解明されていませんが、主に以下のようないくつかの要因が考えられています。
- 糞石(ふんせき): 便が石のように硬くなったものが虫垂の入り口を塞いでしまうこと。これが最も多い原因とされています。
- リンパ組織の腫れ: 風邪や胃腸炎などにより、虫垂内部のリンパ組織が腫れて入り口を塞いでしまうこと。
- その他: 異物、腫瘍、寄生虫などが原因となることも稀にあります。
ストレスや過労、暴飲暴食が直接的な原因になるという医学的根拠は明確ではありませんが、体調を崩すことで免疫力が低下し、発症の引き金になる可能性は考えられます。
Ⅴ.虫垂炎の検査方法
虫垂炎が疑われる場合、以下の検査を組み合わせて総合的に診断します。
- 問診・触診: 症状の経過を詳しく伺い、お腹を触診して痛みの場所や強さを確認します(特に右下腹部を押したときの痛み(圧痛)や、離したときの痛み(反跳痛)は重要な所見です)。
- 血液検査: 体内の炎症の程度を示す白血球数やCRP(C反応性タンパク)の数値を測定します。
- 画像検査:
- 腹部超音波(エコー)検査: 腫れた虫垂を直接確認します。体に負担の少ない検査です。
- CT検査: 虫垂の状態や周囲への炎症の広がりをより詳しく、立体的に評価することができます。診断の精度が非常に高い検査です。
Ⅵ.虫垂炎の治療法
虫垂炎の治療には、大きく分けて「保存的治療」と「外科的治療」の2つがあります。
- 保存的治療(薬物療法): 炎症がごく軽い初期段階の場合に行われることがあります。「散らす」とも呼ばれる治療法で、絶食してお腹を安静にし、抗生物質の点滴で炎症を抑えます。ただし、この方法では虫垂そのものは残っているため、10〜20%の確率で再発する可能性があると言われています。
- 外科的治療(手術): 炎症の原因である虫垂そのものを切除する根治的な治療法です。現在では、お腹に数カ所の小さな穴を開けて行う腹腔鏡下虫垂切除術が主流です。開腹手術に比べて傷が小さく、術後の痛みも少なく、回復が早いというメリットがあります。 炎症が非常に強い場合や、腹膜炎を起こしている場合には、安全を優先して従来の開腹手術が選択されることもあります。
VII. 当院での対応可否
当院は循環器内科を専門としており、虫垂炎の確定診断や治療(手術・薬物療法)を直接行うことはできません。
しかし、腹痛の症状で来院された際に、問診や診察、心電図検査などを通じて、心臓の病気が原因でないことを確認することは重要です。万が一、虫垂炎が強く疑われる場合には、速やかに診断・治療が可能な連携先の消化器外科や救急対応のできる医療機関へご紹介・ご案内させていただきます。
急な腹痛でお困りの際は、まずはかかりつけ医にご相談いただくか、症状に応じて適切な診療科を受診することが大切です。判断に迷う場合は、ためらわずに医療機関へお問い合わせください。
VIII. Q&A よくあるご質問
Q1. 虫垂炎は大人でもなりますか?何歳くらいが多いですか?
A1. はい、大人でもなります。虫垂炎は10代〜20代の若年層に最も多く見られますが、小さなお子様からご高齢の方まで、どの年齢でも発症する可能性があります。「15人に1人は一生に一度は経験する」と言われるほど、誰にとっても身近な病気です。
Q2. 虫垂炎は遺伝しますか?
A2. 虫垂炎そのものが遺伝するという医学的な証拠はありません。しかし、骨格や体質が似ることで、虫垂の形状や糞石ができやすいといった傾向が家族内で似る可能性は考えられますが、直接的な遺伝の心配はしなくて良いでしょう。
Q3. 薬で「散らす」治療と手術、どちらが良いのですか?
A3. どちらの治療法が良いかは、患者様の炎症の程度や全身の状態によって異なります。 炎症が軽ければ、薬で散らす治療も有効な選択肢ですが、再発の可能性があります。一方、手術は再発の心配がなくなりますが、身体への負担は薬の治療より大きくなります。 診断の結果をもとに、医師がそれぞれの治療法のメリット・デメリットを詳しく説明し、患者様と相談しながら最適な方針を決定します。
Q4. 虫垂炎を予防する方法はありますか?
A4. 虫垂炎を確実に予防する方法は、残念ながらまだ見つかっていません。しかし、原因の一つである糞石は便秘と関連があるとも言われています。そのため、暴飲暴食を避け、食物繊維を多く含むバランスの取れた食事を心がけ、適度な運動や十分な睡眠で腸内環境と体調を整えておくことが、間接的な予防に繋がる可能性があります。
Q5. 市販の痛み止めを飲んでも大丈夫ですか?
A5. 自己判断で痛み止めを服用することは、推奨されません。痛み止めによって一時的に症状が和らぐと、診断が遅れる原因になります。特に、虫垂炎の特徴である「痛みの移動」が分かりにくくなる可能性があります。我慢できないほどの痛みがある場合は、薬を飲む前に速やかに医療機関を受診してください。