糖尿病
糖尿病について知っておきたいこと ~初期症状から治療、気になる疑問まで~
「最近、なんだか疲れやすい」「のどが渇くことが多い気がする」…。もしかしたら、それは糖尿病のサインかもしれません。糖尿病は、今や日本人の国民病ともいわれ、多くの方が罹患している病気です。しかし、初期には自覚症状が出にくいため、気づかないうちに進行してしまうことも少なくありません。
当院は循環器内科クリニックとして、糖尿病と密接な関係にある心臓や血管の病気の予防・治療にも力を入れています。このコラムでは、糖尿病についての基本的な知識から、当院での対応、そして患者様からよくいただくご質問まで、詳しく解説していきます。
I.糖尿病とは
糖尿病とは、血液中のブドウ糖の濃度(血糖値)が慢性的に高くなる病気です。私たちが食事から摂取した糖分は、インスリンというホルモンの働きによって細胞に取り込まれ、エネルギーとして利用されます。しかし、このインスリンの量が不足したり、働きが悪くなったりすると、ブドウ糖が細胞にうまく取り込まれず、血液中に溢れて血糖値が高い状態が続いてしまいます。
糖尿病にはいくつかのタイプがあります。
- 1型糖尿病: 自己免疫反応などにより、インスリンを分泌する膵臓のβ細胞が破壊されてしまうタイプです。生活習慣とは関係なく発症することが多く、インスリン注射による治療が不可欠です。
- 2型糖尿病: 日本人の糖尿病患者さんの9割以上を占めるのがこのタイプです。遺伝的な要因に加え、食べ過ぎ、運動不足、肥満、ストレスといった生活習慣が大きく関わっていると考えられています。インスリンの分泌量が減ったり、インスリンが効きにくくなったりします。
- 妊娠糖尿病: 妊娠中に初めて発見または発症した糖代謝異常です。お母さんと赤ちゃん両方に影響を与える可能性があるため、適切な管理が必要です。
- その他の特定の機序・疾患による糖尿病: 遺伝子の異常や他の病気、薬剤の影響で血糖値が上昇するタイプです。
II.糖尿病の初期症状
糖尿病には、初期では目立った症状はありません。しかし、下記のような自覚症状が出たら、早めの受診をしましょう。
代表的な自覚症状
- のどが渇く、水をよく飲む (口渇、多飲)
- 尿の回数が多い、量が多い (多尿)
- 体重が急に減る (特に1型糖尿病の場合や2型糖尿病が進行した場合)
- 疲れやすい、だるい (倦怠感)
- 目がかすむ (網膜症の初期症状の可能性も)
- 手足がしびれる、感覚が鈍くなる (神経障害の可能性)
- お腹が空きやすい (多食)
- 傷が治りにくい
- 皮膚が乾燥してかゆい
- 性機能障害 (ED) など。
これらの症状に心当たりのある方は、一度医療機関にご相談ください。
III. 糖尿病の予後
糖尿病を治療せずに放置したり、血糖コントロールが悪い状態が続いたりすると、全身の血管に様々な障害が起こり、合併症を引き起こす可能性があります。合併症は、生活の質 (QOL) を著しく低下させるだけでなく、時には命に関わることもあります。
糖尿病の三大合併症と呼ばれるものは以下の通りです。
- 糖尿病網膜症: 目の網膜にある細い血管が傷つき、視力低下や失明に至ることがあります。
- 糖尿病腎症: 腎臓のろ過機能を持つ細い血管が障害され、進行すると人工透析が必要になることがあります。
- 糖尿病神経障害: 手足のしびれや痛み、感覚麻痺、立ちくらみ、排尿障害、消化不良など、全身の神経に様々な症状が現れます。
さらに、太い血管にも動脈硬化が進行しやすくなり、以下のような命に関わる病気のリスクが高まります。
- 心筋梗塞: 心臓の血管が詰まる病気。
- 狭心症: 心臓の血管が狭くなる病気。
- 脳梗塞・脳出血: 脳の血管が詰まったり破れたりする病気。
- 末梢動脈疾患: 足の血管が詰まり、しびれや痛み、進行すると壊疽を起こすことがあります。
特に、循環器内科としては、糖尿病が心筋梗塞や狭心症といった心血管疾患の強力な危険因子であることを重視しています。良好な血糖コントロールを維持し、これらの合併症を予防・早期発見することが極めて重要です。
また、糖尿病自体には、目立った初期症状がない為、気が付いた時には合併症が進行していることがあります。定期的な健康診断の受診がお勧めです。
IV. 糖尿病の原因
糖尿病の原因は、そのタイプによって異なります。
- 1型糖尿病: 主に自己免疫反応により、膵臓のインスリンを分泌するβ細胞が破壊されることが原因です。ウイルス感染や遺伝的要因も関与すると考えられていますが、生活習慣が直接の原因ではありません。
- 2型糖尿病: 遺伝的に糖尿病になりやすい体質(インスリン分泌能が弱い、インスリンが効きにくいなど)を持っている人が、以下のような環境的要因が加わることで発症すると考えられています。
- 過食・高カロリー食: 摂取エネルギーが消費エネルギーを上回る状態が続くと、肥満につながり、インスリンが効きにくい状態(インスリン抵抗性)を引き起こします。
- 運動不足: 筋肉量が減少し、糖の消費が滞り、インスリン抵抗性を助長します。
- 肥満 (特に内臓脂肪型肥満): 内臓脂肪から分泌される悪玉物質がインスリンの働きを妨げます。
- ストレス: ストレスは血糖値を上げるホルモンの分泌を促します。
- 加齢: 年齢とともにインスリンの分泌量が減ったり、インスリンが効きにくくなったりする傾向があります。
- 喫煙: インスリンの働きを悪くするだけでなく、動脈硬化を促進します。
V.どういう人がなるか(原因とリスク因子)
日本人の糖尿病患者の多くは「Ⅱ型糖尿病」です。
以下のような方は、2型糖尿病を発症するリスクが高いと考えられています。
- 家族に糖尿病の人がいる: 遺伝的な要因が関与します。
- 肥満 (特にBMI25以上の方、お腹周りが気になる方): 内臓脂肪の蓄積はインスリン抵抗性を引き起こします。
- 運動不足の習慣がある: 糖の代謝が悪くなります。
- 食べ過ぎ、飲み過ぎ、不規則な食生活: 高カロリー、高脂肪、高糖質の食事は血糖値を上げやすくします。
- 高血圧と診断されている: 糖尿病と高血圧は互いに悪影響を及ぼし合います。
- 脂質異常症 (コレステロールや中性脂肪が高い) と診断されている: 動脈硬化を促進し、糖尿病のリスクも高めます。
- 40歳以上の方: 加齢とともに発症リスクが上昇します。
- 妊娠中に妊娠糖尿病と診断されたことがある方、または巨大児を出産した経験のある方: 将来的に糖尿病を発症するリスクが高いです。
- 喫煙者: 喫煙はインスリンの効きを悪くします。
これらのリスクファクターに複数当てはまる方は、特に注意が必要です。定期的な健康診断を受け、早期発見・早期対応を心がけましょう
VI. 検査方法
糖尿病の診断や治療効果の判定には、主に以下のような検査が行われます。
- 血糖検査:
- 空腹時血糖値: 10時間以上絶食した状態で測定する血糖値。
- 随時血糖値: 食事の時間とは関係なく測定する血糖値。
- 75g経口ブドウ糖負荷試験 (75gOGTT): 空腹時にブドウ糖液を飲み、一定時間後に血糖値を測定して、糖の処理能力を評価します。糖尿病の境界型や初期の診断に有用です。
- ヘモグロビンA1c (HbA1c) 検査: 過去1~2ヶ月間の平均的な血糖コントロール状態を反映する指標です。赤血球中のヘモグロビンにブドウ糖が結合したものの割合を示します。
- 尿検査: 尿中の糖 (尿糖) やタンパク (尿蛋白) の有無を調べます。血糖値が一定以上高くなると尿に糖が漏れ出てきます。尿蛋白は腎症の早期発見に重要です。
その他、合併症の評価のために、以下のような検査を行うこともあります。
- 眼底検査: 網膜症の有無を調べます (眼科医による検査)。
- 頸動脈エコー検査: 頸動脈の動脈硬化の程度を評価します。
- 心電図検査、心エコー検査: 心臓の状態を評価します。
- ABI (足関節上腕血圧比) 検査: 足の血管の動脈硬化の程度を評価します。
- 神経伝導検査: 神経障害の診断に用いられることがあります。
VII.糖尿病の治療方法
糖尿病治療の目標は、血糖値を良好な状態にコントロールし、合併症の発症や進行を防ぎ、健康な人と変わらない生活の質 (QOL) と寿命を確保することです。治療の基本は、食事療法、運動療法、薬物療法の3本柱です。
- 食事療法:
- 適切なエネルギー摂取: 患者さんの年齢、性別、体格、活動量、血糖値、合併症の状態などを考慮して、医師や管理栄養士が適切なエネルギー量を決定します。
- 栄養バランスの取れた食事: 炭水化物、タンパク質、脂質の三大栄養素に加え、ビタミン、ミネラル、食物繊維をバランス良く摂取します。
- 規則正しい食事時間: 1日3食を基本とし、食事の間隔を一定に保つことで血糖値の急激な変動を防ぎます。
- ゆっくりよく噛んで食べる: 早食いは血糖値の急上昇を招きます。
- 運動療法:
- 有酸素運動: ウォーキング、ジョギング、水泳、サイクリングなど、酸素を多く取り込みながら行う運動は、インスリンの働きを高め、血糖コントロールを改善します。1回20~60分、週に3~5日程度が目安です。
- レジスタンス運動 (筋力トレーニング): スクワットや腕立て伏せなど、筋肉に負荷をかける運動は、筋肉量を増やし、基礎代謝を向上させ、糖の利用を促進します。週に2~3回程度、有酸素運動と組み合わせて行うと効果的です。
- 継続することが重要: 無理のない範囲で、楽しみながら続けられる運動を見つけましょう。運動前には医師に相談し、メディカルチェックを受けることが大切です。
- 薬物療法: 食事療法や運動療法だけでは血糖コントロールが不十分な場合に、薬物療法が行われます。薬には様々な種類があり、患者さんの状態や糖尿病のタイプに合わせて選択されます。
- 経口血糖降下薬:
- インスリン分泌を促進する薬
- インスリンの効きを良くする薬 (インスリン抵抗性改善薬)
- 糖の吸収や排泄を調整する薬 (α-グルコシダーゼ阻害薬、SGLT2阻害薬など)
- 注射薬:
- インスリン注射: 1型糖尿病の方や、2型糖尿病でも経口薬で効果不十分な方、高血糖が著しい方、手術前後の方などに使用されます。
- GLP-1受容体作動薬: インスリン分泌を促進したり、食欲を抑えたりする効果があります。
- 経口血糖降下薬:
これらの治療法は、患者さん一人ひとりの状態に合わせて、医師が総合的に判断し、組み合わせて行われます。定期的な通院と検査により、治療効果を確認しながら、必要に応じて治療内容を見直していきます
VIII.当院の対応可否
当院は循環器内科クリニックとして、糖尿病の診断から治療、管理まで幅広く対応しております。
- 診断: 血液検査(血糖値、HbA1c)、尿検査などを実施し、糖尿病の的確な診断を行います。必要に応じて75g経口ブドウ糖負荷試験も行います。
- 治療:
- 生活習慣指導: 医師や看護師が、患者様一人ひとりのライフスタイルに合わせた食事療法や運動療法について、きめ細かくアドバイスいたします。
- 薬物療法: 経口血糖降下薬やインスリン注射、GLP-1受容体作動薬など、最新の知見に基づき、患者様の状態に最適な薬剤を選択し、処方いたします。
- 合併症の管理:
- 糖尿病は心筋梗塞、狭心症、脳梗塞、末梢動脈疾患といった心血管疾患の重大なリスク因子です。当院では、循環器専門医が心電図、心エコー、頸動脈エコー、ABI検査などを駆使し、これらの合併症の早期発見・早期治療に努めます。
- 高血圧や脂質異常症など、糖尿病と併発しやすい他の生活習慣病の管理も同時に行い、包括的なアプローチで患者様の健康をサポートします。
糖尿病は長く付き合っていく病気ですが、適切な治療と自己管理を行えば、健康な人と変わらない生活を送ることが可能です。不安なことや疑問点がございましたら、どうぞお気軽に当院にご相談ください。
Ⅸ. Q&A (よくあるご質問)
患者様からよくいただく糖尿病に関するご質問とその回答を下記にまとめております。
Q1. 糖尿病は治りますか?
A1. 残念ながら、現在の医療では1型糖尿病も2型糖尿病も「完治」させることは難しいとされています。しかし、特に2型糖尿病の場合、早期に発見し、食事療法や運動療法、適切な薬物療法を継続することで、血糖値を正常範囲にコントロールし、合併症を起こさずに健康な人と変わらない生活を送ることは十分に可能です。これを「寛解(かんかい)」と呼ぶこともあります。大切なのは、諦めずに治療を続けることです。
Q2. 糖尿病の食事で気をつけることは何ですか?
A2. 糖尿病の食事療法の基本は、「適正なエネルギー量を守り、栄養バランスの取れた食事を規則正しく摂る」ことです。具体的には、 * 食べ過ぎに注意し、腹八分目を心がける。 * 野菜やきのこ、海藻類など食物繊維を多く含む食品を積極的に摂る。 (血糖値の急上昇を抑えます) * 主食・主菜・副菜をそろえ、バランスよく食べる。 * 脂肪の多い肉類や揚げ物、甘いもの、清涼飲料水などは控えめにする。 * ゆっくりよく噛んで食べる。 * 1日3食、なるべく決まった時間に食べる。 個々の患者様の状態によって最適な食事内容は異なりますので、医師や看護師にご相談ください。
Q3. 糖尿病の薬は一生飲み続けないといけないのですか?
A3. 患者様の状態や糖尿病のタイプ、血糖コントロールの状態によって異なります。1型糖尿病の場合は、インスリン注射が必須であり、生涯継続する必要があります。2型糖尿病の場合でも、薬物療法を開始したからといって必ずしも一生飲み続けなければならないわけではありません。食事療法や運動療法をしっかり行い、体重が減少したり、血糖コントロールが良好になったりすれば、薬の量を減らしたり、中止できる場合もあります。しかし、自己判断で中断せず、必ず医師の指示に従ってください。
Q4. 血糖値が高いと言われたのですが、すぐに治療が必要ですか?
A4. 健康診断などで血糖値が高いと指摘された場合、まずは医療機関を受診し、詳しい検査を受けることが大切です。「境界型(糖尿病予備群)」なのか、すでに「糖尿病」と診断される状態なのかを正確に把握する必要があります。境界型であっても、放置すると糖尿病に進行するリスクが高いため、生活習慣の改善(食事療法、運動療法)を開始することが推奨されます。糖尿病と診断された場合は、速やかに適切な治療を開始することが、将来の合併症予防につながります。まずは医師にご相談ください。
Q5. 糖尿病になるとどんな合併症が怖いですか?
A5. 糖尿病の合併症で特に注意が必要なのは、三大合併症と呼ばれる「網膜症(失明の原因になることも)」「腎症(進行すると人工透析が必要になることも)」「神経障害(手足のしびれや壊疽の原因になることも)」です。また、これらに加えて、心筋梗塞や脳梗塞、足の動脈硬化といった命に関わる重大な血管の病気のリスクが非常に高まります。当院のような循環器内科では、特にこれらの心血管系の合併症の予防と早期発見に力を入れています。
Q6. 運動はどのくらいすれば良いですか?
A6. 糖尿病の運動療法としては、ウォーキングや軽いジョギング、水泳などの有酸素運動を、1回20分~60分程度、週に3~5日行うことが推奨されています。これに加えて、週に2~3回程度の筋力トレーニング(スクワットやダンベル体操など)を組み合わせるとさらに効果的です。ただし、患者様の年齢や体力、合併症の有無によって適切な運動内容は異なりますので、必ず医師に相談してから始めるようにしてください。無理なく、楽しく続けられることを見つけるのがポイントです。
Q7. 家族に糖尿病の人がいると、自分もなりますか?
A7. 2型糖尿病の場合、遺伝的な要因が関わっていると考えられています。そのため、ご家族(特に親や兄弟姉妹)に糖尿病の方がいる場合は、そうでない方に比べて糖尿病になりやすい体質を受け継いでいる可能性があります。しかし、遺伝的な要因だけで発症するわけではなく、食生活や運動習慣、肥満といった環境的な要因が大きく影響します。ご家族に糖尿病の方がいる場合は、より一層、健康的な生活習慣を心がけることが大切です。
Q8. 妊娠糖尿病とは何ですか?出産後も気を付ける必要はありますか?
A8. 妊娠糖尿病とは、妊娠中に初めて発見または発症した、まだ糖尿病には至っていない軽い糖代謝異常のことです。妊娠中は胎盤から出るホルモンの影響でインスリンが効きにくくなるため、血糖値が上がりやすくなります。お母さんの高血糖は、赤ちゃんが大きくなりすぎたり(巨大児)、出生後に低血糖になったりするリスクを高めます。また、お母さん自身も将来的に本格的な糖尿病に移行するリスクが高いため、産後も定期的な血糖値のチェックと、健康的な生活習慣を続けることが非常に重要です。
【おわりに】
糖尿病は、早期発見と適切な治療、そして何よりも患者様ご自身の前向きな取り組みが大切です。当院では、患者様一人ひとりに寄り添い、安心して治療を続けていただけるようサポートしてまいります。ご心配な点がございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。