心不全の診断・治療
「最近、少し動いただけでも息切れがする」「足がむくみやすくなった」…もしかしたら、それは心不全のサインかもしれません。
心不全は、多くの方が耳にしたことのある病名かと思いますが、具体的にどのような状態なのか、どのような症状が現れるのか、そしてどのように治療していくのか、詳しくはご存じない方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この記事では、循環器専門医の立場から、心不全について分かりやすく解説します。ご自身の健康状態に不安を感じている方、ご家族に心不全の方がいらっしゃる方など、多くの方に参考にしていただければ幸いです。
Ⅰ.心不全とは
心不全とは、**「心臓のポンプ機能が低下し、全身が必要とする量の血液を十分に送り出せなくなった状態」**を指します。これは単一の病名ではなく、様々な心臓の病気(心筋梗塞、心筋症、弁膜症、高血圧など)が進行した結果として生じる症候群です。
心臓は、全身に血液を送り出すポンプのような役割を担っています。このポンプ機能が弱まると、以下のような問題が生じます。
- 全身への血液供給不足: 体に必要な酸素や栄養素が行き渡りにくくなり、疲れやすさや息切れなどの症状が現れます。
- うっ血: 血液がスムーズに流れなくなり、肺や体の各部分に血液が滞ってしまいます。これにより、呼吸困難やむくみなどが生じます。
心不全は、適切な治療を行わないと徐々に進行し、生命に関わることもあるため、早期発見・早期治療が非常に重要です。
Ⅱ.心不全の初期症状
心不全の初期症状は、見過ごされやすいものも少なくありません。以下のような症状に気づいたら、早めに循環器内科を受診しましょう。
- 坂道や階段での息切れ: 以前は問題なかった程度の運動で息が切れるようになった。
- 足のむくみ: 特に夕方になると靴下の跡がくっきり残る、足がパンパンになる。
- 夜間の頻尿: 横になると心臓に戻る血液量が増え、尿量が増加するため。
- 体重の急な増加: 体内に余分な水分が溜まることで、数日で1~2kg以上増加することがあります。
- 疲れやすさ、だるさ: 全身への血液供給が滞るため。
- 動悸: 心臓が無理に働こうとして起こることがあります。
- 咳、痰(特にピンク色の泡状の痰): 肺に水が溜まる(肺うっ血)と現れることがあります。
これらの症状は、他の病気でも見られることがありますが、特に複数の症状が当てはまる場合や、症状が徐々に悪化している場合は注意が必要です。
III. 心不全の予後
心不全の予後は、原因となる心臓の病気の種類、重症度、治療への反応、患者さんの年齢や合併症の有無など、様々な要因によって大きく異なります。
かつては「不治の病」というイメージもあった心不全ですが、近年の医療技術の進歩により、適切な治療を行うことで症状をコントロールし、生活の質(QOL)を維持しながら長く付き合っていくことが可能になってきました。
しかし、心不全は進行性の病態であり、一度発症すると完全に治癒することは難しい場合が多いのも事実です。治療の主な目標は、症状の緩和、QOLの改善、入院の回避、そして生命予後の改善となります。
定期的な通院と治療の継続、そして医師の指導に基づいた自己管理(塩分制限、水分制限、適度な運動、禁煙など)が、良好な予後を維持するためには不可欠です。
Ⅳ.心不全になる原因
心不全は、様々な心臓の病気や状態が原因で引き起こされます。主な原因としては以下のようなものがあります。
- 虚血性心疾患:
- 心筋梗塞: 心臓の筋肉に血液を送る冠動脈が詰まり、心筋が壊死してしまう病気です。壊死した心筋はポンプ機能を果たせなくなるため、心不全の原因となります。
- 狭心症: 冠動脈が狭くなり、心筋への血流が悪くなる病気です。進行すると心筋の機能が低下します。
- 心筋症:
- 拡張型心筋症: 心臓の筋肉が薄く引き伸ばされ、収縮力が低下する病気です。
- 肥大型心筋症: 心臓の筋肉が異常に厚くなり、心室が広がりにくくなる病気です。
- その他(拘束型心筋症、不整脈源性右室心筋症など)
- 弁膜症: 心臓の中にある弁(血液の逆流を防ぐ扉)がうまく開閉しなくなる病気です。心臓に負担がかかり、心不全を引き起こします。
- 大動脈弁狭窄症、大動脈弁閉鎖不全症、僧帽弁狭窄症、僧帽弁閉鎖不全症など
- 高血圧性心疾患: 長期間にわたる高血圧は、心臓に常に大きな負担をかけ、心筋が肥大したり、機能が低下したりして心不全に至ります。
- 不整脈: 脈が速すぎたり、遅すぎたり、不規則になったりすることで、心臓のポンプ機能が効率的に働かなくなり、心不全を引き起こすことがあります。(心房細動など)
- 先天性心疾患: 生まれつき心臓の構造に異常がある場合。
- その他: 肺高血圧症、心筋炎、甲状腺機能亢進症/低下症、貧血、薬剤の副作用なども原因となることがあります。
これらの原因疾患を早期に発見し、適切に治療することが心不全の予防・進行抑制に繋がります。
Ⅴ.心不全の検査方法
心不全が疑われる場合、原因や重症度を正確に把握するために、以下のような検査を行います。
- 問診・身体診察:
- 症状(息切れ、むくみ、動悸など)の詳しい聞き取り
- 聴診(心音、呼吸音の確認)
- 血圧測定、脈拍測定
- 頸静脈の怒張(首の血管の張り)の確認
- 下腿浮腫(足のむくみ)の確認
- 血液検査:
- BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)またはNT-proBNP:心臓に負担がかかると分泌されるホルモンで、心不全の重症度を反映します。診断や治療効果の判定に用いられます。
- 貧血、腎機能、肝機能、電解質、甲状腺機能なども評価します。
- 胸部X線検査(レントゲン検査):
- 心臓の大きさや形(心拡大の有無)
- 肺うっ血(肺に水が溜まっていないか)の有無
- 心電図検査:
- 不整脈の有無
- 心筋梗塞や狭心症の痕跡
- 心肥大の兆候
- 心エコー検査(心臓超音波検査):
- 心臓の大きさ、壁の厚さ、動き(ポンプ機能)
- 弁の状態(弁膜症の有無や程度)
- 心臓内の血液の流れ
- 心不全の原因や重症度を評価する上で非常に重要な検査です。
- 運動負荷心電図検査:
- 運動によって心臓に負荷をかけ、心電図の変化や症状の出現を見る検査です。狭心症の診断などに用いられます。
- ホルター心電図検査(24時間心電図検査):
- 小型の心電計を装着し、日常生活中の心電図を記録します。不整脈の診断に有用です。
- 心臓CT検査・MRI検査:
- 心臓の形態や冠動脈の状態をより詳しく評価する必要がある場合に行われます。
- 心臓カテーテル検査:
- 手首や足の付け根の血管から細い管(カテーテル)を心臓まで挿入し、冠動脈の狭窄や閉塞の程度を直接調べたり、心臓内の圧力を測定したりする検査です。必要に応じて治療(カテーテルインターベンション)も同時に行うことがあります。
これらの検査を組み合わせることで、心不全の診断、原因の特定、重症度の評価を行い、適切な治療方針を決定します。
Ⅵ.心不全の治療法
心不全の治療は、原因となっている心臓の病気の治療と、心不全そのものに対する治療を並行して行います。治療の目標は、症状の改善、QOLの向上、入院の予防、生命予後の改善です。
治療法は大きく分けて以下の3つがあります。
- 生活習慣の改善・自己管理:
- 塩分制限: 体内に水分が溜まりやすくなるのを防ぎます。1日6g未満が目安です。
- 水分制限: 重症度に応じて、医師から指示されることがあります。
- 体重測定: 毎日決まった時間に体重を測定し、急激な増加がないか確認します。
- 禁煙: 喫煙は心臓に大きな負担をかけ、心不全を悪化させます。
- 節酒: 過度な飲酒は避けましょう。
- 適度な運動: 医師の指示のもと、無理のない範囲での運動(ウォーキングなど)は心機能の維持に役立ちます。
- 感染予防: インフルエンザや肺炎などの感染症は心不全を悪化させる可能性があるため、ワクチン接種や手洗い・うがいを心がけましょう。
- 十分な睡眠と休息: 心臓を休ませることも大切です。
- 薬物療法: 心不全の状態や原因に応じて、様々な種類の薬が使われます。
- 利尿薬: 体内の余分な水分や塩分を尿として排泄させ、むくみや呼吸困難を改善します。
- ACE阻害薬・ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬): 血管を広げ、心臓の負担を軽くします。心臓保護作用もあります。
- β遮断薬: 心臓の過剰な働きを抑え、心拍数をゆっくりにし、心臓を保護します。少量から開始し、徐々に増量します。
- ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA): 利尿作用に加え、心臓保護作用があります。
- SGLT2阻害薬: もともとは糖尿病治療薬ですが、心不全に対しても心保護効果や利尿効果が認められ、近年広く使われるようになっています。
- ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬): ACE阻害薬/ARBとネプリライシン阻害薬の二つの作用を併せ持ち、心保護効果を高めます。
- ジギタリス製剤: 心臓の収縮力を強め、脈をゆっくりにする作用があります。
- 血管拡張薬: 血管を広げて心臓の負担を軽減します。
- 抗凝固薬・抗血小板薬: 心房細動を合併している場合や、血栓ができやすい状態の場合に、脳梗塞などの血栓塞栓症を予防するために用いられます。 これらの薬を単独または組み合わせて使用し、定期的な検査で効果や副作用を確認しながら調整していきます。自己判断で中断したり、量を変更したりしないことが非常に重要です。
- 非薬物療法(カテーテル治療、手術、デバイス治療など): 薬物療法だけではコントロールが難しい場合や、原因疾患によっては以下のような治療が行われます。
- カテーテルインターベンション(PCI): 心筋梗塞や狭心症の原因となっている冠動脈の狭窄・閉塞部位を、カテーテルを用いて風船やステント(金属の網状の筒)で広げる治療です。
- 弁膜症手術・カテーテル治療(TAVIなど): 弁の機能不全を修復または人工弁に置換する手術や、カテーテルを用いて人工弁を留置する治療です。
- 冠動脈バイパス手術(CABG): 狭窄・閉塞した冠動脈の先に、体の他の部位から採取した血管をつなぎ、新たな血液の通り道を作る手術です。
- ペースメーカー治療: 脈が遅すぎる徐脈性不整脈が原因で心不全を起こしている場合に、心臓に電気刺激を送って適切な脈拍を保つ装置を植え込みます。
- 植え込み型除細動器(ICD): 命に関わる危険な不整脈(心室頻拍、心室細動)が起こるリスクが高い場合に、不整脈を感知すると電気ショックを与えて正常な脈に戻す装置を植え込みます。
- 心臓再同期療法(CRT/CRT-D): 心臓の収縮のタイミングがずれている心不全(特に左脚ブロックを伴う場合)に対して、心臓の左右の部屋を同時に収縮させることでポンプ機能を改善する特殊なペースメーカー治療です。ICD機能がついたもの(CRT-D)もあります。
- 補助人工心臓(VAD): 重症心不全で薬物療法や他の治療法では効果がない場合に、心臓のポンプ機能を補助する機械を装着する治療です。心臓移植への橋渡し(ブリッジ)として用いられることが多いです。
- 心臓移植: 他の全ての治療法で効果がない末期の重症心不全に対する最終的な治療法です。
これらの治療法は、患者さんの状態や心不全の原因、重症度などを総合的に判断して選択されます。
VII. 当院の対応可否
当院では、循環器専門医が心不全の診断から治療、そしてその後の管理まで一貫して対応しております。
- 専門的な診断: 心エコー検査をはじめ、ホルター心電図など、心不全の的確な診断に必要な各種検査を実施できます。必要に応じて、より高度な検査(心臓CT/MRI、心臓カテーテル検査など)が可能な連携医療機関へ迅速にご紹介いたします。
- 薬物療法: 最新のガイドラインに基づき、患者さん一人ひとりの状態に合わせた最適な薬物療法を行います。定期的な効果判定と副作用のチェックも丁寧に行います。
- 生活習慣指導・自己管理サポート: 看護師や管理栄養士(※配置がある場合)と連携し、塩分制限や運動療法など、日常生活におけるきめ細やかな指導・サポートを行います。
- 定期的なフォローアップ: 心不全は長く付き合っていく病気です。安定期においても定期的に通院していただき、病状の変化を早期に捉え、適切な対応を行います。
- 急性増悪時の対応: 心不全の症状が急に悪化した場合にも、迅速に対応できる体制を整えています。必要であれば、入院治療が可能な連携医療機関と緊密に連携し、スムーズな移行をサポートします。
心不全の疑いがある方、すでに心不全と診断されているが現在の治療に不安がある方、かかりつけ医として心不全の管理を任せたい方など、どうぞお気軽にご相談ください。
VIII. Q&A(心不全に関するよくあるご質問)
患者様からよくいただくご質問とその回答をまとめました。
Q1. 心不全は治りますか?
A1. 残念ながら、多くの場合、心不全は完全に「治癒」する病気ではありません。心不全は、心臓の機能が低下した「状態」を指すため、一度低下した心機能が完全に元通りになることは難しいのが現状です。 しかし、適切な治療と自己管理を行うことで、症状をコントロールし、病気の進行を遅らせ、入院のリスクを減らし、生活の質を維持・向上させることは十分に可能です。心不全と診断されても、悲観的にならず、医師と協力して治療に取り組むことが大切です。
Q2. 心不全を予防する方法はありますか?
A2. はい、心不全の多くは、その原因となる生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症など)や心臓病(虚血性心疾患など)を予防・管理することでリスクを減らすことができます。
- 健康的な食生活: 塩分・脂肪分・糖分を控え、バランスの取れた食事を心がける。
- 適度な運動: ウォーキングなどの有酸素運動を習慣にする。
- 禁煙: 喫煙は心臓病の最大のリスク因子の一つです。
- 節酒: 過度な飲酒は避ける。
- 十分な睡眠と休養: ストレスを溜めない。
- 体重管理: 肥満を避ける。
- 定期的な健康診断: 高血圧、糖尿病、脂質異常症などを早期に発見し、治療を開始する。
これらの生活習慣の改善は、心不全だけでなく、様々な病気の予防に繋がります。
Q3. 心不全と診断されたら、生活で特に気をつけることは何ですか?
A3. 医師から指示された治療(薬物療法など)をきちんと継続することが最も重要です。その上で、以下の点に注意しましょう。
- 塩分制限: 医師の指示に従い、塩分摂取量をコントロールします。
- 水分管理: 水分の摂りすぎに注意し、医師から指示があれば水分制限を行います。
- 毎日の体重測定: 体重の急な増加は体液貯留(むくみ)のサインです。毎日同じ時間に測定し記録しましょう。
- 禁煙・節酒: 必ず守りましょう。
- 無理のない範囲での活動: 医師と相談し、適切な運動量を維持します。
- 感染予防: インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンの接種を検討しましょう。
- 症状のセルフチェック: 息切れ、むくみ、体重増加などの変化に気づいたら、すぐに医師に相談しましょう。
- 処方された薬は自己判断で中止・変更しない: 必ず医師の指示に従ってください。
Q4. 若い人でも心不全になりますか?
A4. はい、若い方でも心不全になる可能性はあります。原因としては、拡張型心筋症や肥大型心筋症といった心筋自体の病気、先天性心疾患、心筋炎(ウイルス感染などが原因で心筋に炎症が起こる病気)などが挙げられます。 若いからといって安心せず、息切れや動悸、むくみなどの症状があれば、早めに医療機関を受診することが大切です。
Q5. 心不全の治療薬はずっと飲み続けないといけないのですか?
A5. 多くの場合、心不全の治療薬は生涯にわたって飲み続ける必要があります。心不全は慢性的な状態であり、薬によって心臓の負担を軽減し、症状をコントロールしているためです。 自己判断で薬を中断したり、量を減らしたりすると、心不全が悪化し、再入院のリスクが高まる可能性があります。薬の種類や量については、定期的な診察や検査を通じて医師が適切に調整しますので、必ず指示に従ってください。薬に関して不安なことや疑問点があれば、遠慮なく医師や薬剤師にご相談ください。
まとめ
心不全は、早期発見と適切な治療、そして継続的な自己管理が非常に重要な病気です。この記事でご紹介した初期症状に心当たりのある方、ご自身の心臓の健康にご不安のある方は、決して放置せず、お早めに循環器内科にご相談ください。
当院では、患者様一人ひとりの状態に合わせた丁寧な診療を心がけております。心不全に関するあらゆるご相談に応じておりますので、どうぞお気軽にご来院ください。一緒に心臓の健康を守り、より良い毎日を目指しましょう。