睡眠時無呼吸症候群(SAS)と循環器疾患/糖尿病の関連について
睡眠時無呼吸症候群が心臓と血糖値に与える深刻な影響とは?
「夜間の大きないびき」「日中の耐えがたい眠気」。これらは単なる睡眠不足のサインではなく、睡眠時無呼吸症候群(SAS: Sleep Apnea Syndrome)の危険信号かもしれません。
SASは、睡眠中に呼吸が繰り返し止まる、または浅くなる病気です。この状態が毎晩続くことで、自覚のないままに心臓や血管に大きな負担をかけ、高血圧や糖尿病といった生活習慣病のリスクを深刻に高めることが明らかになっています。
今回は、なぜ循環器内科が睡眠時無呼吸症候群の管理に深く関わるのか、その重要性と、近年ますます注目されている糖尿病との密接な関係について、最新の知見を交えて解説します。
循環器内科がSASを管理する意義:心臓と血管を守る最前線
SASの患者さんは、高血圧、不整脈(特に心房細動)、心不全、虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)、脳卒中といった命に関わる循環器疾患を発症するリスクが、健康な人と比べて2〜4倍にも高まることが報告されています。
また、未治療の重症OSA(閉塞性睡眠時無呼吸症候群※)が心血管死のリスクを著しく上昇(2.9倍〜5.2倍)させるという点について、米国心臓協会(AHA)が見解をまとめています。
※閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS): 喉や気道が物理的に狭くなる、または塞がってしまうことで起こります。SASの大部分がこのタイプです。
なぜSASは心血管系にダメージを与えるのか?
睡眠中の無呼吸は、体内で以下のような深刻な事態を引き起こします。
- 間欠的な低酸素状態:呼吸が止まるたびに血液中の酸素濃度が低下します。体はこれを補うために心拍数を上げ、心臓に大きな負担をかけます。この酸素不足と正常化の繰り返しは「酸化ストレス」を生み、血管の内壁を傷つけ、動脈硬化を促進します。
- 交感神経の過剰な活性化:低酸素状態は、体を興奮状態にする交感神経を刺激します。本来、睡眠中はリラックスしているはずの体が、夜通し軽い運動をしているような状態になり、血圧が上昇します。これが、早朝高血圧や、降圧薬を複数飲んでも血圧が下がらない「治療抵抗性高血圧」の原因の一つとなります。
- 胸腔内圧の急激な変動:閉塞した気道に対して無理に呼吸しようとすることで、胸の中の圧力が大きく変動し、心臓への物理的なストレスが増大します。
これらの要因が複合的に作用し、高血圧や不整脈を誘発・悪化させ、最終的には心不全や心筋梗塞といった重篤な心血管イベントにつながるのです。
循環器内科では、これらの循環器疾患の背景にSASが隠れていないかも考慮しています。高血圧や心不全の治療効果が上がらない場合、SASの検査・治療を並行して行うことで、劇的に症状が改善するケースも少なくありません。循環器疾患の一次予防(発症予防)と二次予防(再発予防)の両面から、SASを管理することは極めて重要なのです。
SASと糖尿病の「負の連鎖」
SASがもたらすリスクは、循環器系に限りません。近年、2型糖尿病との強い関連性が多くの研究で指摘されています。
SASの患者さんは糖尿病を発症するリスクが約1.6倍に、逆に糖尿病の患者さんは高い確率でSASを合併している(報告によっては7割以上)とも言われています。この二つの疾患は、互いを悪化させあう「負の連鎖」の関係にあるのです。
なぜSASは血糖値を上げるのか?
そのメカニズムは、循環器系への影響と共通する部分が多くあります。
- インスリン抵抗性の増大:SASによる慢性的な低酸素状態や睡眠の断片化は、交感神経を緊張させ、血糖値を上昇させるホルモン(コルチゾールなど)の分泌を促します。これにより、血糖値を下げる唯一のホルモンである「インスリン」の効きが悪くなる状態(インスリン抵抗性)が引き起こされます。
- 肥満との共通リスク:肥満は、上気道を狭くするSASの最大の原因であると同時に、インスリン抵抗性を引き起こす2型糖尿病の最大のリスク因子でもあります。
つまり、SASを放置することは、血糖コントロールを困難にし、糖尿病の発症や悪化に直結するのです。
まとめ
睡眠時無呼吸症候群は、単なる「いびき」や「眠気」の問題ではありません。それは、高血圧、心筋梗塞、そして糖尿病といった、生命を脅かす疾患への危険な入り口です。
- ご家族に指摘されるほどの大きないびき
- 日中の会議中や運転中に襲われる強い眠気
- 起床時の頭痛や熟睡感のなさ
- 治療してもなかなか良くならない高血圧や糖尿病
これらのサインに心当たりがあれば、決して自己判断で放置せず、ぜひ一度、循環器内科にご相談ください。適切な検査と治療によって、睡眠の質を取り戻すことはもちろん、将来の心血管疾患や糖尿病のリスクを大きく減らし、健康で活力ある毎日を守ることに繋がります。早期発見・早期治療が、あなたの未来を守る鍵となるのです。
その他(参考リンク)
【参考資料】
◆第 59回日本心臓病学会学術集会シンポジウム:https://www.jcc.gr.jp/journal/backnumber/bk_jjc/pdf/J071-11.pdf
◆心不全診療ガイドライン(2025年改訂版):https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2025/03/JCS2025_Kato.pdf
◆睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療ガイドライン2020:https://www.jrs.or.jp/publication/file/guidelines_sas2020.pdf
◆2024 年 JCS/JHRS ガイドライン フォーカスアップデート版(25年5月26日更新):https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2024/03/JCS2024_Iwasaki.pdf
◆AHA(米国心臓協会)『Circulation』:https://www.ahajournals.org/doi/10.1161/CIR.0000000000000988
◆国際糖尿病連合(IDF)睡眠時無呼吸と2型糖尿病:https://idf.org/media/uploads/2023/05/attachments-32.pdf